バス停から、奥の院のある本殿までは、距離があるので、歩いていきます。
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お墓には、ロケットの形をした慰霊碑がありました。 企業によって、色々な慰霊碑がありました。 |
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奥の院への道も、このように綺麗な風景があります。
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また、このような注意書きがありました。 まさにそのとおりです。 |
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雨がかなり強かったのですが、大きな木の中の参道を歩くと、雨もあまり落ちてこず、傘が必要ないくらいでした。
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ココには、豊臣秀吉の墓や織田信長の墓などの戦国武将のお墓がたくさん見られました。
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奥の院の本殿に近づくとこのような注意書きを見つけました。
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・・・というわけで、注意書きの手前のところで最後の撮影をしました。
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橋を渡って、奥の院でお参りをしてきました。
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無事に参拝を済まし、再び撮影ができるところまで戻ってくると、このような案内図が・・・。
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身障者など車椅子利用者も、奥の院の本殿へお参りが出来るようにバリアフリー化されていました。
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お寺の社務所には、「でんわ・でんぽう」と昭和時代の面影を残すものまで見つけました。
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そして、こちらの休憩所で少し休んでいくことにしました。
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再び、バス停に戻り、バスに乗って、色々と周ってきました。
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昼食をとったあと、女人堂のバス停で下車しました。
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この女人堂は、明治時代までこの高野山は、女子禁制の場で、女性は、ここでしか参拝が許されないところでした。
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大雨のため、バスがくるまで、ここでお参りをしたりして、時間を潰しました。
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少し小高いところにあるので、覗いてみると、周りは木ばかりでした。
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バスに乗って、高野山駅へ戻ってきました。 まだ、乗車するまで時間がありましたので、2階にある待合室へ行くことにしました。 |
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2階へ上がると、いろいろな鉄道写真などが貼られているのを見つけました。
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待合室は、ちょっとした応接室というような感じになっていました。
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南海電鉄のグッズやサボ、模型など色々なものが展示されており、飽きることが無く過ごせます。
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気になる写真の一つが、こちらの南海特急の初代のこうや号です。 |
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そして、こちらが2代目のこうや号。 これは、わたくしが小さい頃に本などで何度も見ていました。 南海の特急と言えば、このこうや号と・・・ |
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そして、現在では3代目と4代目が走行しています。 3代目は行きに乗りましたが、4代目の車両には、帰りで乗れるのでしょうか・・・ |
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そして、高野山ケーブルの写真もありました。
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そして、歴代の南海の列車の写真もあり、暇つぶしができるスポットです。
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